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2010年3月 5日 (金)

主に、コーマック・マッカーシーさん「ブラッド・メリディアン」、少し筒井康隆さんの「アホの壁」。

こどものころ、家でグッピーを飼っていました。
グッピーというのは、淡水の熱帯魚で、案外簡単に増やすことができます。
我が家でも数匹のメスが妊娠し、おなかが大きくなりました。
魚が泳いでいる水槽というのは、ずーっと見ていても飽きないもので、
わたくしなどは親が心配するくらい水槽を眺めていたもんです。
そんなわけで、出産の場にも立ち会うことができたわけですが、
グッピーさん、今、自分が生んだ赤ちゃんグッピーを食ってしまうんですね。
相当、頭が悪いんだと思いました。

自分のこどもを食ったり、同じ種族の仲間を殺したりする動物はどれくらいいるのでしょうか。
また、それは、なぜなのでしょうか。
筒井康隆さんの新刊「アホの壁」(新潮新書)では、動物行動学者のコンラート・ローレンツさん
という人の考えを紹介しています。
少々、上の疑問からはズレますが、次のようなことが書いてあります。
動物は、種が絶滅してはいけないので「致死的な攻撃を抑制する」ため、
「闘争の儀式化」をおこなっているのだそうです。「儀式化」とは「威嚇の姿勢をとったり、
顔を赤くしたり、体毛を逆立てたりすること」ということだとか。

よくある話ですが、なんかよくわからん理由で仲間を殺したり攻撃したりするのは
人間だけだという説。

コーマック・マッカーシーさんの「ブラッド・メリディアン」では、
ほんとに多くの殺人が行われます。
殺して、頭の皮を剥いだり、着ているものを盗ったり。
たまに、体の一部をアクセサリーにしたりもします。
これらのことが、我々の言う「殺人」という概念とは違い、自然の営みのように書かれています。
最初は、「まるで動物のようだ」と思いましたが、
動物だって、ここまで同じ種族を殺したりはしないでしょう。

登場する「少年」が生まれたのは、1833年のことで、小説はその「少年」の生きている
時代を描いているわけですが、いくら180年ほど前のこととはいえ、
この感覚は、どうも、わかりにくいです。
コーマック・マッカーシーさんの作品に
「血と暴力の国」(映画にもなった「No Country for Old Men」)というのがありますが、
どう考えても、この「ブラッド・メリディアン」の方が「血と暴力の国」ですね。

帯に「映画化決定」と書いてありますが、マジっすか?
死体がバラバラになって腐っていたり、野犬に食われたり、
人が熊に食われたり、ライフルで撃たれてばらばらになったり、
脳みそがとびちったり、という描写だらけなんですけど。

それと、砂漠を長期間移動して「頭皮狩り」をしているので、
ぶら下げた頭皮からは「悪臭」がするでしょうし、
食料として、生肉をぶら下げていたりもしているので、それも腐ってきます。
生活環境は悪いです。
当然小説には、そのような「におい」に関する描写があるわけですが、
これは映画化するにあたって、どう表現するのしょうか。
「頭皮狩り隊」の存在自体が禍々しく、その周囲に「悪臭」がつきまとう、
というのは、とても重要なことだと思います。

コーマック・マッカーシーさんの本はさきの「血と暴力の国」のほかに
「ザ・ロード」というのを読みました。最近のお気に入りなんですが、
どうも、誰が、何をやっているのか、とか、この人は敵なのか味方なのか、
みたいな基本的なことが時々読み取れなくなることがあり(笑)、
自分の未熟さを実感するのであります。

「ザ・ロード」も映画化されていますが、日本では公開される(た?)のでしょうか。
予告編は以前見ましたが、見事に禍々しかったです!

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