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2010年3月21日 (日)

「秀英5号かな」を使った京極夏彦さんの「冥談」。

京極夏彦さんの新刊「冥談」。
本を開いて驚いた! 字が紺色? 茄子みたいな色だ!
そして「秀英5号かな」を本文に使っている! なんか気持ち悪いぞ。

おまけになんとなく、薄汚れた感じが…。
この薄汚れた感じは、後にしっかりページをみてみたら、
非常にうすーい網がかかってました。芸が細かい。
「厭な小説」では、もうちょっと激しく主張している「薄汚さ」が、
この「冥談」では控えめになり、それが絶妙で、ほんとに薄汚く不気味になってますね。

「秀英5号かな」は、今の時代、本文に使うのはちょい厳しいのではないか、
と思うのですが、案の定、最初はとっても読みにくくて、
京極さんの本を読んでいる感覚がしない、という不思議なものでした。

いくつかの短編がおさめられているのですが、
最初の「庭のある家」では、書体のおかげで、このお話はいつ頃のことを
書いているのか、というようなことがさっぱり想像つきませんでした。
読み進めると、「晒し首」などという言葉が出てくるし
「明治になったころ、十かそこら」との記述まで出てくるので
だいたいは推測できるのだけど、
まったく現実感がないというか、気持ち悪いなぁ、と思いながら読みました。

ただ、1つ、まさしく「秀英5号かな」でなければならない、と思えるところがありました。
それは「柿」というお話にでてくる
「厭だなあ虫が出て来たりしたら。」というところです。
まあ、見ていただけばわかると思いますが、これは、ほんとに厭そうです(笑)。

本の終わりにいくに従って、現代のお話っぽいのが出てくるんですが、
その頃には「秀英5号かな」にも慣れ、もう「似合わない」などと思わなくなっていたのでした。

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