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2010年6月 4日 (金)

「プレシャス」。「誰もが愛される権利をもつ」意味。

映画「プレシャス」。
名古屋では「伏見ミリオン座」のみでの上映。
はじまってから1ヶ月くらい経っているのですが、
思ったより人は入っていました。

主人公プレシャスの母親役を演じたモニークさんは、
アカデミー助演女優賞を受賞しました。その時のスピーチや受賞後の会見で、
「誰にでも愛される権利がある」というような事を頻繁に発言していました。
わたくしは、プレシャスだって愛されなければならないはず、
というような趣旨だと思っていました。

映画を観てみると、まあその通りなのだけど
プレシャスを虐待し、まともに扱っていない母親にも、
誰かに愛される権利があるのだなあ、とおもいました。

この母親は、映画終盤で、いかに自分が愛されたかったか、とか
また、自分に与えられると期待した愛が、
娘のプレシャスに奪われたのだ、とか主張するのですが、
この場面をみると、少しは同情もするし、
この人だって愛されてると実感できてたら
ひょっとするともう少しまともな生活を送れていたかもしれない
と思うのです。

どこかで誰かが愛されてないと、そこから不幸の連鎖が始まりかねない、
ということでしょうか。

プレシャス自身は映画の中で、徐々に他人から愛されてる、
ということを感じているらしく、
正確には覚えていませんが「なんかあたたかくなる」みたいなセリフが
ありました。ここがとっても微笑ましくて、ほっとしました。

しかしまあ、父親が死んで衝撃の事実が発覚し、
また突き落とされるのですが。
まさしくプレシャスにとっては"Why me?"と言うしかないです。

感想として、よく「最後は多少の希望が感じられて救われた」
というのがあります。
プレシャスが代替学校に通い勉強することによって「知る」ことを知り、
そして自分の母親や母親との暮らしがどのようなものだったかを「知り」、
母親には「もう会わない」と言い放ち、ふたりのこどもと、歩いていく。
ああ、やっと終わったんだね、と思う場面です。

だけどそこからもまだ厳しいよね。
日常は続いていくよ。
プレシャスにとっては、まだまだ住みにくい世の中だろうし。
だけど、こどもたちにたくさん本を読んであげてちょーだいね、

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