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2010年12月の記事

2010年12月28日 (火)

小学3年生の息子のおねしょ、いつなくなるかなぁ。

小学3年生の息子のおねしょがなかなかなおらない。
過去に、病院につれていって、鼻にシュッとやる薬などを使ったりしたことがある。
それをやっているうちは大丈夫なのだが、薬を使わないとおねしょ復活。

寒くなってからはほぼ毎日おねしょで、1晩で2回ほどおねしょすることも。
寝ている途中でトイレに連れて行ってるんですけどねー。

精神的なものが影響するともいわれていて、たしかにそういうところはあるかもしれない。
先日、クリスマス前にウハウハで寝床に入った日、おねしょはしなかったし。
なるべくおねしょのことは言わないように、とか、だっこして寝るとか(!)あの手この手ですよ。

そんな日々を過ごしていたら、2週間ほど前、
どういうわけか連続で5日くらいおねしょをしなかったことがあって、
嫁と「ひょっとしてなおったのかなぁ」などと言っていたが、
そのうち、またまた復活! やっぱりまだまだ先なのね…。

2010年12月17日 (金)

佐藤勝彦さん「インフレーション宇宙論」で心がやすらぐ?

佐藤勝彦さん「インフレーション宇宙論 ビッグバンの前に何が起こったのか」(講談社)。
「ブルーバックス」ってやつですね。

この本はとってもとってもわかりやすくて、ちょっと前に読んだ
ポール・J・スタインハート&ニール・トゥロックさんの「サイクリック宇宙論」とは比べ物にならない!
なぜわかりやすいかというと、「おわりに」で、佐藤勝彦さんが
  「厳密には正確ではない表現になっている部分もあると思います。
   しかし、それは多くの方に宇宙論について大まかにでも理解していただくためとお考えください。」
書いているように、わたくしのような基礎のない人間にも入り口となるように、
とても気を遣っているからだと思います。

なんといっても、10次元とか11次元のうち、3次元の膜宇宙に「ひも」の端っこがくっついている、
ということの意味(?)がわかる、というだけでびっくり!

そして、さまざまな宇宙論について、実際にそうだったか、とか、そうなのか、とかではなく
「おはなしとして」と説明しているところが多く、それがじつに「好感触」。
「サイクリック宇宙論」とか、ほんとにそういうものがあるのかな、と思って(途中まで)読んでましたけど、
まだまだ「おはなし」なんですね(多分)。数学上のテクニック的なことだったり。
おいら、いったい何を信じたらいいんかえ?と思ってましたが、
この本はいい指標になりました。心がやすらいじゃったりして!

で、佐藤さんは「人間原理」に若干批判的、というか、そこに逃げて、科学を捨てることを
好ましく思っていないようですね。
なぜ、宇宙には人間にとって都合のよいパラメーターばかりなのか?というのを
「人間原理」で片付けず、科学で解明しよう、と佐藤さんは希望を抱いているようです。
この前、NASAが「地球外生命体の証拠の探索に影響を与えるであろう、宇宙生物学上の発見」ってことで、
今までの概念とは異なる生物が存在する、みたいなものを発見したようです。
わたくしは、この発見によって、
パラメーターが人間に都合良くできているわけでもないんじゃないか、なんて思ったりしました。
「ナントカという元素がなければ、生物は存在し得ない」とかいうのが根柢から覆されたりしてません?

2010年12月16日 (木)

電車内気功の人をDISったのに、気功の人にフォローされる。

先日、真藤順丈さん「バイブルDX」を読んでいたら「気功」の人に話しかけられた。
とゆーのを書いたら、どーゆーわけか、ホンモノの気功の人にTwitterでフォローされた。
「Twitter検索」みたいな便利なものがあって、自動的にフォローしてくれたり、
相手がフォローしてくれないとフォローをはずしたりという、
なんとも怠けた機能を備えているらしく、それによってフォローされたものだと思う。
だけど、軽くDISり気味の文章だったんだけど、フォローしちゃうのね。

そういうんじゃなくて、懐柔しようとしてるのか?

2010年12月 7日 (火)

未公開映画祭「ザカリーに捧ぐ」。

原題は "Dear Zackary"。
ついに観てしまった、というドキュメンタリー映画。

2001年アメリカ。アンドリュー・バグビーさんが殺された。この人、わたくしと同い年。
容疑者は「元ガールフレンド」のシャーリー・ターナー。
シャーリーは、アンドリューが死んだ(殺した?)あと、疑われていることを知り、
カナダに逃亡、そして赤ちゃんを産む。
その赤ちゃんはなんと、アンドリューとの間にできた子ども。
シャーリーは「ザカリー」と名付ける。

殺人容疑者が野放しになっているのを懸念し、アンドリューの両親がなんとかザカリーを守ろうとする。
そのために、シャーリーをアメリカに送還するよう手を尽くす。
一旦、逮捕されるも、結局シャーリーは保釈されてしまう。
アンドリューの両親はカナダに引っ越す。
シャーリーとの間にいろいろなやりとりがあり、ザカリーのために子守りができるようになったが、
そのためには「母親」であるシャーリーと綿密に連絡をとりあったりしなければならない。
自分たちの息子を殺したとされる容疑者と「家族」のようにつきあわなくてはいけない!

このあたりで、非常に腹立たしいやりとりが映され、アンドリューのお父さんの怒りが伝わってくる。
シャーリーはいつも、「上から目線」なのだ。

また、保釈された経緯については、理不尽としか言いようがない。

さて、この後、ザカリーを連れたシャーリーと連絡がとれなくなり…、という事態に発展。
結末としては、最悪の結果に…。

本来、ザカリーのために、死んだ父親がどんなに愛された人だったのか、
それを伝えるためにアンドリューの友人が撮り始めた映像なのだが、
とんでもない「事件」に発展したため、こんな映画になってしまった。

全体として、アンドリューの両親が、殺人容疑者の保釈をやめるよう運動している様子が描かれる。
しかしわたくしは、そのような、社会に問題を投げかける、というニュアンスよりも、
「残された人が、一連の事件を受けとめる」という点を強く感じた。
実際、終盤でこのようなことが語られる部分もある。

ここまで理不尽なことが起こると、なにかしら手を打たなきゃいけない状況に陥るだろうと想像できる。
なんとかして、現実を受け止めるしかない。
映画にまとめたり、文章を書いたり、うたったり…。人によって違うだろうけど、
そうやって、アンドリューやザカリーのことを大事に心の中にとどめておくのかもしれないね。

2010年12月 6日 (月)

未公開映画祭「ビーイング・ボーン」。

原題は "The Business of Being Born"。
アメリカの出産事情を扱うドキュメンタリーで、日本との現場の違いにびっくり。
この映画を観ると、明らかに「いかんだろ、その状況」と思うのだけど、
それが大勢であるというのが理解できない。

でもなー、こういった話だと、わたくしは「なんも言えねえ」というのがつきまとう。
だって、男の子だもん。

嫁の出産に立ち会ったわたくしは、「勝ち目ないなあ」と思うんですよ。
絶対、勝てないですよ! って、勝ち負けじゃないけど。

母のすごさ、ってのは、この映画でも「オキシトシン」というホルモンにからめた説明があったりして
「ほんもの」なんですね。父親にも「何とかホルモン」でないかなあ。
この「オキシトシン」は、産後、母と子が共にいることによって効果をあらわして、
きずなを深めるのだそうです。

この映画は、女性がつくっていて、妊娠もしている!
その当事者が、問題提起をして、意見表明をしている。
「ジーザス・キャンプ」と同じく、作り手の主張がばしばし伝わってくる映画です。

2010年12月 5日 (日)

真藤順丈さん「バイブルDX」を読んでいたら「気功」の人に話しかけられた。

古川日出男さんのまね、とか文句を言われている真藤順丈さんですが、わたくしは大好きで、
新作が待ち遠しいなあ、という人。で、先日「バイブルDX」を読みました。

タイトルが雑誌名という設定なので「ミレニアム」的な?と思っていましたが、
「ミレニアム」ほど具体的に編集部だとか取材だとかいうイメージがわかず。
思いっきり取材してるんですけど、対象がぼんやり、というか目的がよくわからない。
「キリストを探す」ってどーゆーこっちゃー、と思いながら読んでました。

「センジュ」という、おいしい登場人物がおもしろくて、ずるい人だなあ、
などと思いつつ、通勤途中の電車で読んでいたら、なにやら隣の男性がわたくしの方を向いて
「何を読んでるんですか?」と話しかけてくるではないか!
電車の中で知らない人に話しかけられる、というのは恐怖体験と言っても過言ではないと思うけど、
ひょっとして同じ趣味とか? と思い素直に「こういうものを…」と言いつつ表紙を見せる。
相手は表紙を見て「それはどんな本ですか? 聖書と関係があるとか?」と聞いてくるので
「聖書は出て来ますが、いわゆる聖書とはちょっと違って…」と説明。
で、なおも内容等を聞いてくるのですが、どう言っていいかわからないんですよね、この本。
そして「じゃあ、精神世界の本とか?」と来た! こ、これは「NGワード」だなや!
やばい、やばい、と思いながら「いやいやこれは小説で書いてあるのはオハナシで」と
がんばって切り上げようとしたのです。
その後、男性は「体の疲れ」方向にお話を巧みに持って行き、
とどめに「最近、気功の勉強をしてるんですよ」と。

相手のペースに乗ってはあかんな、と思って「どこで勉強してるんですか?」と聞いてみたら、
「いろんなところで」と来た。ほぇ〜。「いろんなところ」って何なんだー、と思ったですよ。
で、おもむろにわたくしの肩に手をかざそうとするではありませんか!
「ホント、効きますから、1分くらいですから」と両手をわたくしに向けました。
「いやいや、別にいいですから」と少し押し問答をすると、相手は引き下がり、携帯をいじりだし、一件落着。

気功とか、やるのは結構だけど、たくさん人がいる電車内でいきなり手をかざされるのが
普通ははずかしいと思うのだけど、そういうところに気がつかないという、それはどうなんだ!

それから、わたくしはサイモン・シンさんの「代替医療のトリック」読んでますから!
もう、気功とか、何とかソロジー(?)とか効かない体になっちゃってますよ!
そういえば、「花粉症の症状を軽くするのにヨーグルトがいい」とテレビで見て、
毎日アホみたいにヨーグルトを食べていましたが、まったくよくなりませんでした。
これは、わたくしがひねくれているので、プラセボ効果すらない、そういうことなんでしょう。
「代替医療のトリック」を読んで、理解しましたよ。
そして、さらにひねくれ度がアップしたんですよ。何が悪い!

2010年12月 2日 (木)

韓国映画「国家代表!?」で、スポーツ音痴のわたくしは大興奮。

韓国映画「国家代表!?」を観ました。
どーしても観たいってわけじゃなかったけど、映画館のチケットを11月中に使わなくちゃいけなくて。
「インビクタス/負けざる者たち」と同じく、実話にもとずくスポーツもので、
エンドクレジットの前に実際の選手たちの写真が出たりもしてます。

褒めます。
長野五輪の場面。
エモーショナルな音楽と、やかましいくらいの「実況」。
この「実況」が、最初、興味なさそうに始まるのですが、どんどんのめり込んで行くというところが良い。
そして、テンポのいい編集!
ここは本気で「うわーい!」って思いました。ぞくぞくしました!
スキージャンプって、2回飛ぶんですか?
その1回目のジャンプの場面なんですけど、そこはいいですね!
感動げなスローモーションではなく、とにかくうるさく突っ走る! パワー!

全体的に、シリアスになりかけたり、のっぴきならない問題が起こったりすると
「なーんちゃって」的なギャグが入ってきて、笑っていいんだか笑えないんだか…。
お、そういえば、劇場はわたくしひとりでしたよ!
こういうときは、笑うタイミングがむずかしーですよねー。

残念な点。
スキー道具を父親に焼かれちゃったりしてるのに、
なんだか翌日(?)普通に道具もって練習に現れるところとか「なんで? それはおかしい」
というような場面が結構多かったです。

一番腑に落ちないのは、その父親の変貌ぶり。
息子がスキージャンプで活躍してるのをテレビで観て、すっかり「転向」しちゃってたけど、
その前に「孫が産まれる」っていう大事件があったでしょーに!
人生に与えるインパクトとしては「孫」の方がでかいんじゃないのか?
なぜそこで「息子よ」とならないの?
「孫」が産まれても、息子を虐待してるなんておかしーでしょー。

なんだか、いろんな要素をあっちこっちから引っぱってきて、詰め込んでみたものの、
結局「家族」的なものに帰るという。そういう映画。いいですねー。
登場する人々それぞれに都合よく家族の問題があるという!

前述の通り、ある父親の変貌ぶりには怒りさえおぼえるわたくしですが、
その息子の「尊敬する人はお父さん」というのに、号泣ですよ!

池上永一さん「シャングリ・ラ」と「夏化粧」。

かつて「小牧元サワイ」さんが桜庭一樹さんの「製鉄天使」を「マンガだ」と言ったことがあったが、
今回わたくしが読んだ池上永一さんの「シャングリ・ラ」と「夏化粧」も「マンガだ」と思う。

そう、池上さんは、漫画のネームを書くつもりで、ト書きみたいなのをやってたら、
小説になった、というようなことをNHK-FMで語っていた。
この「シャングリ・ラ」は「ナウシカ」だとか「アキラ」だとか「帝都物語」だとか
いろいろな人のブログで言われていて、まったくその通りだと思う。
近未来で女子高生みたいなもんが戦う、というだけで、わたくしなんぞは
(だいぶお話は違っていても)京極夏彦さんの「ルー=ガルー 忌避すべき狼」を思い浮かべるし、
涼子周辺の記述に「家畜人ヤプー」からのいいとこ取り、を感じずにはいられない。

このように、「シャングリ・ラ」は、とっちらかってる感じがして、
600ページくらいあるうちの、はじめの300ページくらいは、
いろんなことが提示されて、まったくワケが分からないのでわくわくさせられるのだけれど、
残りの300ページの、その種明かしというか、展開がしょーもなさすぎて、残念。

どうでもいいが、小夜子とか、死んでるはずでしょ?
わたくしが大嫌いな、ご都合主義的展開のみで成り立っているじゃんか。
お話の展開と、読んでいるこっちの時間感覚のずれ、というか違和感がものすごい!
省略がうまくいってないんでしょうかね。

でも、美邦が小夜子に「おかあさん」と言うところなどは落涙。
それと、珊瑚(?)がカーボンナノチューブを製造(?)みたいなところは
筒井康隆さんの「鉱物が意思を持つ未来」というような展開を見せそうで面白かったです。
実際そこまでは行きませんでしたが、わくわくしましたよ。

いわゆる「ラノベ」に分類している人もいて、まあ、別にそれはどうでもいいけど、
文庫版に筒井康隆さんが解説を書いているらしく、
その筒井さんが最近「ラノベ」を書いているらしいので、うーむ、と思わせる。

で、「夏化粧」。
あの表紙で、「池上永一 夏化粧」。まず、読もうとは思わない(笑)。
そのたたずまいから想像されるものと大違いな小説。
何やら無茶な女性を書いていて「シャングリ・ラ」に通じるところがあるかな。
しかも「陰」の世界。
「シャングリ・ラ」もこれくらいタイトだったら傑作だったかも?
すごく笑えるところが多かったのだけれど、これが池上さんの本領なのかな?
「テンペスト」での、絶妙に抑制された笑い、みたいなもんは、本来の池上さんではないのか?

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