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2011年2月の記事

2011年2月14日 (月)

小学3年生息子のおねしょ、その後。

1月中旬頃だったかと思いますが、おねしょ続きの小学3年生息子を、嫁が病院に連れていきました。
いつものお薬をもらってきましたが、まったく効きませんでした。

下の写真は、寝る前に鼻にシュッとするやつで、尿を減らす効果があるのだそうです。

Img_0108_3


以前は、これがとてもよく効いていたのですが、今回はなんだか効かないなぁ、という感じ。
いったいどうしちゃったのだろう、と思っていたところ、
最近になって、おねしょなしの日が続くようになりました。
おねしょカレンダーをご覧ください。おねしょをしなかった日は「○」になっています。
Img_0107


何が変わったのか、よく分からないのですが、ここのところ調子が良いです。
このまま続いてくれるのか、それとも薬がきれたとたん、もとに戻るのか…。

2011年2月13日 (日)

「日常」の質が変えられる「ザ・ロード」。

「神戸連続児童殺傷事件」の被害者、土師淳君の父親である土師守さんの「淳」という本に、
そんなに長い事仕事を休むわけにもいかない、というような事が書いてあったかと記憶しています。
あんな事があったのに、しばらくしたら仕事に行かなければいけない。
それは当たり前、とは、わたくしは思えなくて、かなり衝撃を受けました。
容赦ない「日常」である、と思ったのです。

とんでもない事が起こったとしても、「日常」は戻ってくる。
というか、「日常」を続けなけらばならない。そういう思いを強くした一つの原因でした。

だから映画でも、夢のような成功を収めたり、大逆転が起こったり、
奇跡の生還をしたりしても、そのあとには「日常」が続くはずだ、
そういう事を考えて観ることが多いです。

ある時、スポットライトがあたったとしても、
それは長い「日常」という線の中の、ひとつの「点」に過ぎず、
それでも、時がたてば「日常」に戻り、それが続いて行くと思っています。

映画「ザ・ロード」は、コーマック・マッカーシーさん原作。
なぜかは知らないけど、ほとんどの生物はいなくなって、
わずかに生き残った人間の様子が描かれています。
非常に彩度が低い画面で、まさしく、未来がない感じが出ています。
主人公は父と子。このふたりがひたすら南に移動します。
父は息子に「われわれは火を運んでいる」と言います。

この映画で描かれる「日常」は、ちょっと異質です。それは、ほとんど世界が滅びているから。
文字通り、食うか食われるか、ということに代表される、原始的な「日常」。
通常考えられるものとは違う「日常」が続く映画といえます。
とはいえ、この映画の世界の中に生きる人にとっては、やはり終わらない「日常」。

長い「日常」の線の中に特異な点がありました、という話ではなく、
その線そのものが変質させられてしまった「日常」。恐ろしい話です。
でも、その質が変わったものでさえ、「日常」になってしまう。

最後に希望があるかにみえますが、わたくしは、まったく絶望しか感じられませんでした。
だって、やっぱりその後つづくのは変わらない「日常」なんだから。

2011年2月12日 (土)

KO-KO-Uエピソード。

2月10日放送、文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」で
大竹まことさんが、東浩紀さんについて「なんかKO-KO-Uな感じがする」と言ったのに対し、
大森望さんが「以外とね、MU-REる」と返していた!

なんか流行してるじゃん!

なにかと懐かしい「ウォール・ストリート」

前作「ウォール街」が1987年。
わたくしをはじめ、30代後半の人間はほとんど「ウォール街」を観ていることかと思います。(嘘)
そんなわけで、冒頭の巨大携帯電話なんぞを見ると、おう、前作を思い出すわけです。

個人的には、当時「ウォール街」を観て、
大人になったら是非「金融」の仕事をしてみたいもんだ、とマジであこがれました。
おかげで高校の進路なんかも、銀行に就職できるというので商業高校を選んだりしてました。
ところが進路指導の先生に「君が銀行に行っても、自転車に乗ってお客さんを訪問したりするような
仕事しかないんだぞ」みたいな事を言われ、なにやら大量のモニターをにらみながら、
サスペンダーをした男達が電話しまくって「買い」だの「売り」だのしているという
ぼんやりしたあこがれは打ち砕かれて、あっさりと別の道を選んだのでした。あー、懐かしい。

今回は、いわゆるサブプライムローンなんちゃらが、からんでいるわけですが、
やはり、株が上がったの下がったので電話をかけまくる男達、という萌えポイントもあります。
株価と思われる数字が画面上を流れたり、町のビル群をグラフに見立てたりと、
「ウォール街」の感じは描かれていておもろいですが、なんとなく古い感じがしたのはわたしだけ?
そこはわざと懐かしい感じでやってるのかしらん?

シャイア・ラブーフさん演じるジェイコブ君の母親のことなど、
サブプライムローン問題の波に飲まれる普通の人々の話とか、
前作よりも、金融やら経済から受ける影響がより身近になっているのだ、
ということがわかります。もはや、株屋だけの問題では済まない、という。

前作から引き続きマイケル・ダグラスさん演じるゴードン・ゲッコー。
その娘(キャリー・マリガンさん)との確執にも焦点が置かれてはいますが、
キャリー・マリガンさんは案外あっさり父親を許したり、
「やっぱりヤツはああいうヤツだ」という態度を見せたり、ころころ変わって、
見ているこっちは「えーっ!」と思うようなところがありました。
あれは、父親視点の願望なんですかね。
とはいえ、チャリティー・パーティーでの父娘の和解シーンは、
ちょっとスリリングだな、と思いました。
よくある場面だとは思いますが、わたくしには、なんとも言えないドキドキが感じられました。

そのゴードン・ゲッコーさんも、檻の中からバブルで浮かれている連中を
「奴らは狂っているぜ」と思っているような風に描かれているのは前半のみで、
後半は、すっかり素敵なゲッコーさんに変貌していて、びっくり。というか懐かしい。
ロンドンで服を仕立てるシーンは「よっ!大統領」と言いたくなるようなかっこよさでした。

しかし、なんと言ってもこの「ウォール・ストリート」最高の場面は、
あのチャーリー・シーンさんが出てくるところでしょう。
わたくし、チャーリー・シーンさんが出てくるなんて知らなかったから、
画面に出て来たときはほんとに心臓が止まるかと思いました。
げっ、バドじゃねーか!、久しぶりだな、ますます父ちゃんに似てきたな、って。
おまけにエンドクレジットで流れる曲は前作と同じじゃんか!(トーキング・ヘッズ)
懐かしすぎて、ちょっと哀しいぞ。

2011年2月 8日 (火)

DVDで観ました。「レバノン」。

あれ、この映画、いつ劇場公開されたの?
「戦場でワルツを」を観たわたくしとしては、公開されたら観ようかな、とか思ってたんですけど、
知らぬ間に、DVDになってましたよ。

1982年。レバノン戦争の映画。
「Wikipedia」によると「イスラエル、フランス、ドイツ合作」ということで、
DVDに収録されている音声は「ヘブライ語」「日本語」。
クレジット読めないし!(英語も併記されいてるけど)

「戦車内目線」が斬新、みたいなお話でしたが、それほどでも…。
全体的に、嘘くさいというか、稚拙な感じがしました。
稚拙でも、パワーがあればいいのですが、その辺もあんまりなくて…。
味方兵士が死んで行く様子が戦車の照準みたいなもんの目線で描かれたりもしますが、
やはりこういうのは「プライベート・ライアン」を超えていないという。

ウシの涙とか、鶏おじさん(?)の悲劇なんかは、
不条理な感じが出ていまして、ある種の啓蒙にはなるのでは。

この監督、なぜ、この映画を撮ったのか?

あ、ほんとにすごい「愛のむきだし」。

1本の映画には、このシーンが最高! と思える部分があり、
何度でも、そこを観てしまう、というようなことがあります。

いろんな人がいいというから、「愛のむきだし」(2009)を観ました。
4時間近いので、なかなか観るという行動に出るには勇気がいるわけですが、
ほんとすごい。観てよかった。サイコー! まだ、観てない人はぜひご覧ください。

「愛のむきだし」には、最高!と思える場面がたくさんありました。
満島ひかりさん演じる洋子が、ユウ君に「変態…変態…変態…」とひたすら言い続けるところ、
笑っちゃうんですけど、ものすごーく怖い。

その後の「コリント書の第13章を知っているか!」に続く長い暗唱。むー、怖いよぅ!
ベートーベンの交響曲第7番も怖い!
そしてその後の「だから今ゼロにいるんだよ!」。ぎゃーーーっ、怖いよぅ!
あまりの迫力に、ユウ君が陳腐に見えてしまうという。
満島ひかりさん、ホントすごいなぁ。この映画すごい。

あとは、車をぶつけるところとか(愛です)、などなどと書き出すときりがないわけで、
こういった「何度でも観たくなる」場面が満載。この4時間は、ものすごい高密度。
今まで観て来た映画の中でも、1番の傑作。

クライマックス、病室ろう城のシーンは、本気で圧倒されました。愛です。
すごいけど、くだらない! そして号泣!

ところで、あの「変態…変態…変態」が気に入りすぎて、
先日の女子トイレ潜入男子を相手に、真似しちゃいました。
またやりたいなぁ。
そういった点も含めてですね、観たらいいですよ。ほんと。

2011年2月 7日 (月)

男子3人で「キック・アス」を観に行く。

いよ!「キック・アス」!
今回は、30代後半男子3人で観に行き、その後呑みながらこの映画について語り合う、という企画。

3人ともこの映画を観て「人を殺し過ぎだ」との感想を抱いたようです。
おまけに、なんの咎めもなく、平気な顔して学校とか行っているという。
もうひとつおまけに、「ヒット・ガール」ちゃんが子どもなので、
いろいろな意味で放送禁止ではないか、とか。

で、一人なぞはヒット・ガールちゃんがかわいくて気に入ったとか言うし(変態)、
もう一人は語り合うための会場(居酒屋)で女子トイレに入るし(変態)、
変態ばっかである。

そういえばヒット・ガールちゃんは「(500)日のサマー」で出て来た少女だった!
「(500)日のサマー」でも、この子が出てくるところはとりわけ面白いと思っていたから、
ふーむ、天才だ!と感心。

クライマックスでキック・アス君が「マザーファッカー」と叫びながらガトリング砲をぶっぱなすところがとても気に入りました。爆笑でした。

キック・アス君が自分の正体をお気に入りの女の子にばらす場面があり、
その女の子、なんか怒っているかな、と思いつつ、実は怒っていなくてうまくいく、
という展開を見せます。
実は先日、やっと「愛のむきだし」を観たのですが、「愛のむきだし」では
ユウ君が「自分がサソリ」と正体ばらしをするも、洋子には信じてもらえない、という
悲しい展開でした。正体をばらすってのは、難しい事だな、と思ったのであります。
キック・アス君は、うまくいってよかったね。

2011年2月 6日 (日)

嫁の「e-sax」が「国立国会図書館つくば館」に見える。

嫁が、「e-sax」(写真)というものを買った。
この「e-sax」にテナーサックスを入れて練習すると、音が抑えられるのだという。
楽器の練習というのは、まわりへの配慮との戦いなのである。

Img_0103


そんなわけで、夜とかに練習しているけど、ま、そこそこ聞こえますわな(笑)。
普通に吹いているときと比べると、多少は小さいのかもしれない。
スペック重視、数値重視で言えば、ナントカデジベル抑えられる、みたいな話ではあるのだろうけど、
多分、ある閾値があって、それを超えると人間にとっては、
ナントカデシベルとか関係ねー、ってゆう心の問題なのだろう。
まあ、そもそも練習する部屋自体に防音措置が施してあるので、気にはならないけど。

それはそうと、この「e-sax」というのは、その姿形をみていると、なんだか半笑いになる、
というか、滑稽に見えるんですよ。なんかでかいし。
で、これはなんか、みたことがある、ってゆーか、何かイメージするものが…、と思っていたら、
わかりましたよ! 「国立国会図書館つくば館」です!
って、これは何?という人が大半でしょう。だって、わたくしの妄想みたいなもんだし。

2008年、貴志祐介さんの小説「新世界より」(講談社)。
この傑作小説に「国立国会図書館つくば館(Panasonic自走型アーカイブ・自律進化バージョンSE-778Hλ」というのが出てくる。

  長さは、五、六十センチくらいか。まるでゴムでできているように絶えず伸縮し続け、
  なおかつ表皮の一部が不規則に膨張と収縮を繰り返しているため、
  全体としては不定形と形容するしかない。
  しかも、背面には海胆(ウニ)の棘に似た半透明の突起が数多く蝟集し、
  その一本一本が、ミノシロや蛍などとは比較にならないくらい強烈な、
  七色の光を点滅させているのだ。

と、書いてある。「ミノシロ」というのはこの小説に出てくるへんないきものです。
わたくしはウミウシみたいなもんだと想像していたのですが、
(小説中には、「ミノシロ」の祖先がウミウシであるらしいとの示唆がある)
今回「e-sax」というものを目の当たりにし、どうやらこれが「国立国会図書館つくば館」であろうか、
という結論に至ったのであります。ま、突起とかないけど。

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